クオリティオブライフ

QOL(クオリティ・オブ・ライフ)を高める

山で起きる朝

2011年8月13日。その日僕は長野県にある木曾駒ヶ岳(2956m)と宝剣岳(2931m)の間の山小屋の二段ベッドで目が覚めました。前日は、夕食を食べながら雲海に沈む夕日を眺め、ベッドの二段目に兄と二人頭を向い合せて寝ていたところでした。朝4時。日の出の時間。昨夜はなかなか眠れなかったけれど、朝もやの中で薄明るい星空の中、空気を目いっぱい吸ってから、体を動かし、兄とともに出発の準備をしました。この日は6つの山を越えて、帰路に就く予定。どれもこれも2700mを超える山々で、前日からその美しい山々の景色に感動を覚えていた僕は今日はどんな景色が待ち受けているのか楽しみで仕方がなかった。

山に魅せられて

この数年、毎年8月のお盆に遠くの山々に行くのは僕と兄にとって、恒例の行事となっていました。キッカケは本当に小さなことでした。2006年のある日、たった1239mのピクニックで歩く山を歩いて登ってみたことが始まりでした。ジーンズ姿の僕と兄はどこからどう見ても初心者そのものでしたが、体力においても一般の人そのものだったと思う。1時間程度歩いただけですっかり僕らの足は小鹿のようにガクガクと震える状態になってしまった。そんな状態をみて、たったあそこまでの距離を歩いただけで足に力が入らないなんて。と感じたことがキッカケとなりました。そう、当初は山の景色に感動したわけでなく、登頂した達成感に酔いしれるわけでもなく、自分たちの体力のなさに愕然としたことから始まりました。

若槻 朋彦

標高2900m程度の山々は高山病を経験する人たちもいます。ロープウェイで一気に上昇した人たちにとっては尚更厳しい環境で、嘔吐してしまう子供もいました。朝日も登りきらないうちに歩き始めた僕らは、雲海から頭をのぞかせる御嶽山や檜尾岳、空木岳の雄大さに終始感動しっぱなしでした。硬い岩質を鎖を伝って歩く際には、これまで何人の方々がここで滑落したのかなと思う場所が目立ちましたが、これまで多くの人達を魅了するのもわかる気がします。これほど素晴らしい景色は登って初めて見ることができるからです。結局この日は12時間ほど歩いて帰路に就きました。雄大な自然の中では、僕も山も動物もすべてが自然に存在する生き物の一つでしかありませんでした。

体力がなく、ひょろひょろだった

学生時代、東京にいる間から山陰に帰ってきてからも、定期的な運動なんてものはしたことがなかった僕の体はひょろっとした外見で、日々の臨床で体調を崩したりする姿はとてもじゃないが、健康的とは言えないものでした。事実、一日に10人や13人も診れば、ぐったりしてしまっていました。もちろん、カイロプラクターとしての未熟さもあったでしょうが、日々の臨床の中でのストレスは解消されず、疲れは残り、体力のない体は患者から見たら「憧れる健康体の先生」とは言いし難いものでした。

僕や中塚カイロプラクティックオフィスでは、カイロプラクターは患者にとって健康の目標であり、健康のプロフェッショナルでないといけないと考えています。それが、結果的にたくさん仕事ができて、よい結果が出せる秘訣であると思う他、患者にとって取り戻したい健康、目標にしたい健康体が目の前にいるということが重要だからです。

臨床をする上で体力づくりに本腰を入れた

しかし、そんな姿から遠い存在だったその頃の僕は、低山を登ったことをキッカケに運動を始めることになりました。目指すは健康的な体。ただただ、それだけです。もちろん、食事にもかなり配慮しました。当時勉強していたマフェトン理論(※)に従って、食事・運動の管理を行い始めました。運動は走ることから始まり、2km、5km、10km、20kmと時間とともにどんどん距離を伸ばし、体力が徐々についてきていることを実感していましたが、何度かのレースに出場して、最後のレースに50kmほど走ってランニングをすることはなくなりました。代わりに山の中を走るトレイルランニングや登山が中心になってきました。休みになると1時間ほど車を走らせた場所にある大山(1729m)を登ったりするようになりました。当初は3時間歩くだけでもかなりきついと感じていましたが、現在では7時間くらい歩いて“山歩きしたなぁ”と感じるようになりました。

体が強くなるとともに一日に診ることのできる患者数も変化してきました。10人がやっとだった勤務当初から20人、23人くらいはそう苦にならずに仕事ができるようになっていきました。

体力の向上、仕事のキャパシティの向上とともに、あることに気が付きました。

一人で山を歩いている時は辛いと感じる一方で、仕事の事やストレスに感じていることに対して様々な見方ができたり、それらに対してポジティブな感情が湧くようになっていました。山に登っていると、苦しい、もう帰りたい、辛いと思うとともに登っている中で次々変化する景色の美しさにそんなネガティブな感情は払拭され、いつしか前向きな気持ちでいられるようになりました。

難しい患者さんを抱えている時期であれば、改善させるための方法や問題点を改めて発見したり、自分自身のカイロプラクティックを考えていたり、そんなことを考えながら山頂に着いた時には、美しい景色とともに「よし。明日はもっといい仕事をしよう。」と誓って下山することができます。

仕事は好きだけれど、プライベートで別の趣味を持つことでバランスが取れる

この数年、僕にとって仕事は好きなことだけれども、人生の中では本当に好きな趣味があることでバランスがとれることが身に染みてわかりました。ワークライフバランスとはよく言ったものですが、仕事も趣味も好きなことではあるけれど、両方でバランスを取っている存在です。仕事で最高のパフォーマンスを発揮するためにお酒もタバコもコーヒーも摂取しませんが、休日になれば、休日の活動を充実させるために嗜好品を摂ることを止めました。それとともに、自然の中で生きること、活動することの喜びを体験する機会もどんどん増えました。

フリークライミングをして、登山をして、バックカントリーをして。それら、自然を相手に楽しむことは、僕自身が活性化し、生きる実感、健康である確認の時間にもなりました。それがまた仕事の活力を生み出す源になりました。

カイロプラクティックが健康を取り戻すためのものならば、趣味は健康を増進させてくれるものだと思います。休日に岩場や山に行き、活力が増した体は勉強をする気持ちと仕事で最高のパフォーマンスを発揮しようと思う前向きな心を作り、求められる仕事に応えることのできる体を作ります。また、趣味がオンとオフを切り替えてくれるので、休日や仕事後に勉強しようという気持ちにさせてくれ、短い時間を有効に使えるようになりました。

今年はどこに行って、どんな景色が見れるのだろうか。海岸でフリークライミングもいい。夏山、冬山登山もいい。バックカントリーもいい。どれもが人生を充実させてくれる生きがいになっています。

若槻カイロプラクティック

住所:島根県松江市東奥谷町372-1 メゾン城北1F
電話:0852-20-2040

※マフェトン理論

マフェトン理論(マフェトンりろん)とは、フィリップ・マフェトンが提唱する、マラソンやトライアスロンなどの持久力スポーツのトレーニング方法である。 有酸素運動(ペース走)の運動強度を明確に示したのが最大の業績といわれる。

マフェトン理論を日本に広めたのは、米子の中塚祐文先生。

2006年RMIT大学日本校(現東京カレッジオブカイロプラクティック)卒業。

2013年若槻カイロプラクティックを開業

2011年日本カイロプラクターズ協会理事

ICAK認定キネシオロジスト

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください